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小、中、高に行かないで大学に行くってできる?

こんにちは。キタゾノユミです。

小、中、高に行かないで大学に行くことができる。
そう聞いて「ん、なわけないでしょう!」
ほとんどの人が思うと思います。


わたしが最近読んだ本の中でダントツに面白かったのが
吉田晃子さん・星山海凛(ほしやままりん)さんの共著
『小さな天才の育て方、育ち方、小、中、高に通わず大学へ行った話』



星山海凛さんは、小学校1年生の時から学校には通っておらず
サドベリースクールと言われる場所を自分で探して
通うようになったそうです。


星山海凛さんのブログはこちら


そんな海凛さんが17歳のとき突然大学に行きたいと思い立ち、
九九も知らない、習ったこともない状態から、
たった2ヶ月半で大学に一発合格したそうです




わたしは大人になってからよく思うことがあって、
それは、学校生活って長すぎない?ということ。


小、中、高だけでも12年、多い人は大学に4年、
大学院に行けばまだお勉強する
わけです。


なが〜いと思いませんか?


専門職や、研究、学びを極めたいと思う人は
それでいいかもしれないけれど、
早い段階で勉強に興味が持てなくなってしまったこどもには
ちょっと辛いんじゃないかなと思うんです。


そんな若い人たちには、早く社会に出て働いてもらったほうが
社会にとってもいいことなのではと思ったりします。
(あまり若すぎるのは良くないと思うけど)



わたしが学校にかよっていた頃は、
授業がわからないこどもは置いていかれてしまうし、
逆によくできるこどもは塾なんかに通って
授業なんか聞いていない子もいました。



そんな状態なのに、学校で学ぶ意味ってあるの?
楽しくないじゃんねえ?


勉強は楽しくないもんだ!義務だから!
と言う方もいるかもしれませんが
とりあえず、形だけでもやっておけばいいっていう
大人が安心したいだけの場所になっているのではないんだろうかと
思ってしまうのです。



こどもは私たち大人より未熟な存在ではなく
未熟な存在だと決めつけて決まった道を
そこだけを歩かせて大人が扱いやすいように
育てて行く。



確かに楽かもしれないけど
その代償はとても重いような気がしてなりません。


子供が、学びたいことを学べるところ、
学びたいと思った時にその学びが提供できるところ、
押し付けや誘導や評価の対象としての学びではなく純粋に
学びたいと思ったものを学べるところ。


今の学校はそんなところになっているかしら?


わたしはこれからは自分の頭で考えて、行動し、
自分らしく生きていく人が増えて欲しいと思っています。


そのためには、自分は何をしたいのか?
したいことのために何をすればいいのか?


それがわからないと、きっと何もできない。


誰かの評価や世間なんてよくわからないものの評判なんかに
惑わされず、ただただ「自分」を生きていく。


おとなにだって可能性はたくさんあるけれど、
子供の可能性はもっともっとたくさんあるはず。


だからこそ、その芽を摘まず、育てていく。
そのために大人は何ができるんだろう?


子育てには正解なんてないけれど、
わたしは、子供が自ら育つ道を
自分から選ぶことができる
ということを信じて
育ててみたいと思うのです。












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